第1章|子どもの行動には意味がある:発達心理学の基本視点
「どうしてうちの子は、こんな行動をとるのだろう?」
発達心理学では、子どもの行動は“偶然”ではなく、その子の発達段階・認知の特徴・環境との相互作用によって生まれる“意味のあるもの”と捉えます。
🔸 発達とは「段階的に育っていくプロセス」
子どもは、ただ年齢を重ねるのではなく、
- 身体的な成長(運動・感覚)
- 認知の発達(思考・理解・記憶)
- 社会性の発達(他者理解・集団参加)
- 情緒の発達(感情コントロール・自己認識)
といった複数の側面で、**“段階的に”**育っていきます。
心理学者ジャン・ピアジェ(Jean Piaget)は「子どもの思考は段階を経て変化する」と提唱し、有名な4つの発達段階(感覚運動期→前操作期→具体的操作期→形式的操作期)を提案しました。
つまり、「まだできていない」のは、“育っていない”のではなく、“今はその段階にいない”というだけなのです。
🔸 同じ年齢でも“できること”が違うのは自然なこと
発達心理学では、「個人差」はごく当たり前の前提です。
例えば、同じ5歳でも、
- 自分の気持ちを言葉で表現できる子
- 感情を爆発させてしまう子
- お友だちに合わせて遊べる子
- 1人遊びを好む子
など、**“今いる発達段階”**は一人ひとり異なります。
「この年齢なんだからできるはず」「下の子はできるのに、上の子ができないのはおかしい」といった思い込みは、子どもの“今”を見えにくくしてしまうことがあります。
👉「同じ年齢=同じことができる」ではないという視点が重要です。
🔸 行動はすべて“何かを伝えるメッセージ”
発達心理学では、子どもの行動は「その子なりの表現手段」として見ます。
- 走り回る → 体を動かしたい・不安・注目をひきたい
- 大声で怒鳴る → 感情のコントロールが難しい・相手に伝える語彙がない
- かんしゃく → 脳の発達的未熟さ(前頭前野の働き)
行動は“問題”ではなく、背景に「何か」があると捉えると、子どもを見る目が大きく変わります。
👉 行動=表現=手段ととらえることで、問題の本質に近づける。
🔸 「問題行動=悪いこと」ではなく、「発達課題が見える場面」
たとえば、発達心理学的には次のように整理できます:
| 行動 | よくある誤解 | 実は… |
|---|---|---|
| 叩く・蹴る | 乱暴な子 | 自分の気持ちをことばにできない・切り替えが苦手 |
| 集団に入れない | 協調性がない | 他者意識の発達段階、感覚過敏、指示の理解が難しい |
| ふざける・話を聞かない | わざと? | 注意の切り替えが難しい、ルール理解が弱い |
👉 これらの行動は「発達がまだ途中ですよ」という**“育ちのサイン”**です。
🌱 親の見方が変われば、関わり方も変わる
「うちの子だけ、なぜかうまくいかない」と思ったときこそ、
- できていないことに目を向けるよりも
- どこに“発達のステップ”の課題があるかを考える
それが、発達心理学がくれる“安心の視点”です。
次章では、子どもが「うまくいかない」背景にある4つの要因について、さらに具体的に掘り下げていきます。
第2章|「うまくいかない」には4つの背景がある
子どもが「うまくいかない」とき、その背景にはさまざまな“発達的な理由”が存在します。
ここでは、発達心理学・認知心理学・教育心理学の知見をもとに、特に見落とされがちな4つの観点から、「なぜこの子は難しさを感じているのか?」を整理していきます。
🔹1. 認知機能の特性(情報処理や理解の難しさ)
発達心理学では、子どもが環境から得た情報をどう理解・処理するかは個人差があるとされています。たとえば:
- 話の流れを把握するのが苦手(ワーキングメモリが弱い)
- 順序立てて考えるのが難しい(実行機能の発達の個人差)
- 曖昧な指示が理解できず混乱する
👉 結果として「指示通りに動けない」「忘れ物が多い」「話を聞いていないように見える」行動が現れます。
こうした認知の難しさは、しばしば「やる気がない」「ふざけている」と誤解されがちです。
🔹2. 感情のコントロールの未熟さ
情緒の発達も、子どもによってスピードが異なります。中でも「自己制御(セルフコントロール)」の力が弱いと:
- 嫌なことがあるとすぐ泣く・怒る
- 順番が守れない、待てない
- 怒りが爆発しやすい(衝動性)

これらは未熟な前頭前野(感情抑制をつかさどる脳部位)の働きと密接に関係しています。
👉 「感情的な子」は、発達的に“コントロールの練習中”と捉えると、関わり方が変わります。
🔹3. 社会性のズレ(対人理解やルールの獲得)
他人の気持ちを理解し、状況に合った行動を取る「社会性」の発達も段階的です。
- 表情や声のトーンを読み取るのが苦手
- ごっこ遊びが苦手/空気が読めないと言われる
- 過度にマイペース/人の話を遮る/距離感が独特
これは「心の理論(ToM: Theory of Mind)」の発達段階に影響されると考えられており、ASD(自閉スペクトラム症)傾向の子どもに多く見られます。
👉 「人の気持ちを考えてない」のではなく、「まだその力が発達の途中」と理解することが大切です。
🔹4. 感覚・環境への過敏さやこだわり
- 音やにおい、触感に敏感/過敏(感覚過敏)
- 予定変更に弱い・予測のつかないことが苦手
- 特定の物事への強いこだわりや安心感への固執
発達心理学では、このような感覚統合の課題や“認知スタイル”の違いも、集団での行動に影響を与えるとされています。
👉「わがまま」「変わってる子」と見られやすいですが、実は“安心感のための行動”なのです。
✅ 4つの視点で「うまくいかない」の理由が見えてくる
| 背景 | 主な困りごとの例 | 親や支援者の対応のヒント |
|---|---|---|
| 認知機能 | 指示が通らない、ミスが多い | 短く具体的な声かけ、視覚化 |
| 感情コントロール | 癇癪、衝動、泣く | 気持ちの代弁、予測と安心感 |
| 社会性 | トラブルが多い、空気を読めない | やりとりの練習、経験の積み重ね |
| 感覚・環境 | 予定変更NG、音に反応 | 環境調整、見通し・選択肢の提示 |
次章では、これらの「つまずき」が年齢によってどう現れやすいのか、年齢別の“発達の壁”とそのサインについて詳しく見ていきます。
第3章|年齢別・発達のつまずきやすいポイントとは?
発達には「順番」があり、子どもはその階段を一人ひとり違うスピードで上がっていきます。けれど、集団の中で生活する園や学校では、「年齢相応にできること」が求められる場面も多く、そこに“ズレ”があると「うまくいかない」と感じやすくなります。
ここでは、子どもの発達段階ごとに見られやすいつまずきポイントを、発達心理学・教育心理学の視点から年齢別に整理します。
🔸 2〜3歳:言葉・自己主張・感情表現のはじまり

この時期は「ことばの爆発期」といわれる時期ですが、個人差が非常に大きいのも特徴です。
よく見られるつまずき:
- 単語がなかなか出ない、語彙が増えない
- 指差しやジェスチャーが少ない
- 気持ちのコントロールが難しく、癇癪やかみつきが出やすい
👉 親が「しつけ」で何とかしようとすると悪循環に。言語発達や感情表現の土台を整える関わりが大切です。
🔸 4〜5歳:ごっこ遊び・対人関係・集団での行動

この時期は「社会性」と「役割理解」が急速に発達する時期です。
よく見られるつまずき:
- ごっこ遊びができない(想像や役割理解が難しい)
- 順番が守れない/一方的な会話になりやすい
- 自分の思い通りにいかないと怒る、友達とのトラブルが頻発
👉 対人スキルの練習期と捉えて、「どう関わればよかったか」を振り返る経験が重要です。
🔸 6〜8歳:学習・自己調整・集団適応の難しさ

小学校に入ると、認知的な課題(読み書き・理解・注意の持続)と同時に、自己調整や集団内でのふるまいも求められます。
よく見られるつまずき:
- 指示が通らない/板書ができない/話を聞いていないように見える
- 自分で気持ちを切り替えられず、授業や友達との間でトラブル
- 不安や緊張が強く、登校しぶりや体調不良を訴える
👉 認知・情緒・社会性すべてのバランスが必要になる時期だからこそ、「何に困っているのか」を丁寧に見ていく必要があります。
✅ 年齢×機能別チェックリスト(早見表)
| 年齢 | 主な発達課題 | よく見られるつまずき | 支援の方向性 |
|---|---|---|---|
| 2〜3歳 | ことば・感情表現 | 癇癪、発語遅れ、自己主張 | 受け止めとモデリング、語りかけの質 |
| 4〜5歳 | 社会性・役割理解 | 対人トラブル、一方的会話 | 遊びの中での関係づくり、練習の場 |
| 6〜8歳 | 学習・自己調整 | 集団不適応、情緒不安定 | 課題の分解、環境調整、情緒の支援 |
次章では、こうした“発達のズレ”が誤解を生み、子どもや親にどのようなストレスをもたらすのかを、実例とともに考察していきます。
第4章|発達の“ズレ”が生む誤解とストレス
発達のスピードや得意・不得意は一人ひとり違います。けれど、集団の中では「みんなと同じようにできること」が求められる場面が多く、発達の“ズレ”がある子どもにとって、それが誤解やストレスにつながってしまうことがあります。
この章では、「できないこと」が「悪いこと」と受け取られてしまう理由と、それが子どもや親に与える心理的影響について整理していきます。
🔸 子どもが受ける3つの誤解
① 「わざとやってる」「ふざけてる」
- 実際には理解が追いついていなかったり、感情のコントロールが難しかったりするだけなのに、大人や友達から「ふざけてる」「わざとだ」と見られがち。
② 「空気が読めない」
- 心の理論(相手がどう考えているかを想像し理解する力)の発達がゆっくりな子は、相手の気持ちを理解するのが難しい場合がありますが、「自己中心的」と誤解されやすい。
③ 「育て方が悪い」
- 行動の背景に脳や感覚の特性があることを知らない人からは、「しつけの問題」とされてしまいがち。
👉 こうした誤解は、子ども自身の自己評価や人間関係にも大きく影響します。
🔸 子どもが感じるストレスと自己肯定感の低下
発達のズレがある子は、日常的に「注意される」「怒られる」「失敗する」経験が多くなります。
その結果:
- 「どうせまた怒られる」「ぼくはダメなんだ」
- 「頑張ってもムダ」と学習性無力感をもつ
- 挑戦や人との関わりを避けるようになる

👉 子どもの心の中では、「できない自分」への否定感が積み重なっていきます。
🔸 親もまた“孤立”や“自責感”を抱えている
発達のズレによって困りごとが続くと、親もまた周囲との比較や視線に苦しむようになります。
- 「他の子はできてるのに、なんでうちの子だけ…」
- 「私の育て方が悪かったのかも…」
- 「何をどうすればいいのかわからない」
👉 子どもの行動だけでなく、親自身も「理解されにくさ」によって疲弊していきます。
🔸 誤解が減ると、子どもも親もラクになる
発達心理学の視点を知ることで、誤解は“理解”へと変わります。
- 「できない」には理由があると知る
- 「困っている」のは子ども自身だと理解する
- 「うまくいかない」を責めるのではなく、“育ちのサイン”として受け止める
👉 誤解が減ることで、周囲との関係も、子どもとの関係も大きく変わっていきます。
次章では、発達のズレがある子どもに対して、親がどのような視点と工夫で関わるとよいのか、具体的な3つの対応法を紹介します。
第5章|親ができる3つの対応法
発達のズレや特性をもつ子どもと向き合うとき、親は「どう関わればいいのか?」と悩むものです。
けれど、すべてを完璧にこなす必要はありません。
ポイントは、「子どもを理解する視点をもつこと」と「日常の中でちょっとした工夫を積み重ねること」です。
この章では、発達心理学・ペアレントトレーニング・ABAの実践的知見をもとに、家庭ですぐに取り入れられる3つの対応法をご紹介します。
🔸 1. 行動の“背景”を探る視点をもつ
目の前の行動に対して「なぜこんなことをするの?」と責めるのではなく、 「何がこの行動を引き起こしているのか?」という“背景探し”の視点が重要です。
🌱 たとえば:
- 指示を無視する → 実は言葉の理解が追いついていない
- 何度も同じことを繰り返す → 不安からくる安心行動かもしれない
- 友達に手が出る → ことばで伝えられない代替手段としての行動
👉 ABC分析(先行条件→行動→結果)などのフレームを使うと、客観的に見やすくなります。
🔸 2. 「できた!」を積み重ねる環境づくり
発達のズレがある子は、失敗体験が多くなりがちです。
そのため、「できた!」という成功体験を積み重ねることが、自己肯定感の土台となります。
🛠 環境の工夫例:
- タイマーやカレンダーで見通しを伝える
- やることを1つずつ区切って提示(マルチステップを避ける)
- できたらすぐに「〇〇できたね!」と具体的に認める
👉 「ちゃんとできたときに認められる経験」が増えると、子どもは自分を信じられるようになります。
🔸 3. “比べない”子育てを意識する
他の子と比べるほど、親は焦り、子どもは追い詰められます。
でも、成長は「競争」ではなく「その子のペース」で進むものです。
👣 比較を手放すために:
- 昨日より今日、1週間前より今の成長を見てみる
- 「この子はこの子」と自分に言い聞かせる
- 苦手なことではなく、“得意”を見つけて伸ばす
👉 発達心理学では、「自己効力感=自分はできると思える感覚」が学習・対人関係・行動調整すべての基盤になるとされています。
だからこそ、「その子なりの成長」を肯定していくことが何よりの支援になるのです。
次章では、ここまでの内容をふまえて、最後に「子どもの困りごとは“育ち”のサイン」ととらえる発想についてまとめていきます。
第6章|まとめ:子どもの“困りごと”は“育ち”のサイン
「どうしてこの子だけ、うまくいかないの?」──そんな問いの奥には、親としての心からの願いがあります。
「この子が少しでも笑顔で過ごせるように」「人とうまく関われるように」「困らずに、安心して生活できるように」。
その想いに、発達心理学の視点がやさしく寄り添ってくれます。
✅ 「できない」は「怠け」ではなく「まだ育っていない」
子どもは日々、発達という階段を一歩ずつ登っています。時にそのステップがゆっくりだったり、飛ばしたり、戻ったりすることもあるでしょう。
けれど、「うまくいかない」行動は、その子なりの発達プロセスの中にある“サイン”であり、“成長の途中経過”です。
👉 「問題」ではなく「育ちのヒント」として見ることで、子どもへのまなざしが変わります。
✅ 親の視点が変われば、関係も変わる

親が「できていないこと」にばかり目を向けてしまうと、子どもとの関係は“注意・否定・指摘”が中心になります。
でも、
- なぜこの行動をしているのか?
- どうすれば伝わるのか?
- この子は今、どの段階にいるのか?
という視点に立ち返ると、子どもへの関わりは“理解・共感・手助け”に変わります。
✅ 今日からできること
- 気になる行動を「なんで?」ではなく「なんのために?」と問い直してみる
- 他の子と比べるのを一度やめて、「昨日のわが子」と比べてみる
- できていること・がんばっていることを、1つだけでも見つけて声に出してみる
「この子だけうまくいかない」──そう感じる日々にも、必ず理由があり、必ず希望があります。
子どもの“今”を理解し、少しずつでもできることを積み重ねていくこと。
それが、子どもの未来と、親自身の安心につながる最良の支援です。
あなたのまなざしが、今日からもっと優しく、力強くなることを願っています。



コメント